
止める役割の人に、壊して組み直す仕事を頼んでいないか
「AI推進責任者」を任命した。予算もつけた。
それなのに、半年経っても動いているのは検証(PoC)ばかりで、業務そのものは何も変わっていない——。
そんな状況に心当たりのある経営者は、少なくないのではないでしょうか。
多くの場合、原因は担当者の能力や熱意ではありません。
会議の議事録を追うと、だいたい同じ場所で止まっています。
セキュリティ審査、データ利用の可否判断、既存システムとの整合性。どれも正しい論点です。正しいからこそ、止まります。
そして、その審査の責任者とAI推進の責任者が同じ人物であるケースが珍しくない。ここに構造的な難しさがあります。
「安定」と「探索」は、評価軸が逆を向いている
従来のCIO(最高情報責任者)・情報システム機能では、安定運用、セキュリティ、可用性、コスト管理が重要な責任として置かれてきました。組織にとって不可欠な機能であり、その厳格さは長年かけて磨かれた資産でもあります。
一方、AI変革が求めるのは、仮説を立て、小さく失敗し、既存の業務プロセスを前提から組み直す動きです。
経営学者ジェームズ・マーチは、既存の確実性を活かす「活用(Exploitation)」と新しい可能性を試す「探索(Exploration)」の間には、資源配分をめぐる緊張が生じると論じています。両者は、そもそも向いている方向が違うということです。
異なる評価軸を同一のポジションに置けば、探索よりも安定運用が優先されやすくなります。
良心的で責任感の強い人ほど、ブレーキ側に軸足が寄る。これは個人の資質ではなく、役割設計の問題ではないでしょうか。
だとすれば打ち手も見えてきます。組織図をすぐに描き替えられなくとも、守る責任と探索する責任を、権限・KPI・意思決定プロセスの上で区別することです。
数字が示す、日本企業の「伸びしろ」
一般社団法人CDO Club Japan(企業のデジタル責任者が参加する国内の業界団体)の調査によれば、日本企業のCAIO(最高AI責任者)設置率は4%にとどまり、AI推進の主責任者はCDO(最高デジタル責任者)が41%と最多でした。
66.6%の企業がAIを「DX戦略の一部」と位置づけています。専任を置くより、既存のデジタル責任者が兼務する構造が多い、ということです。
一方、IBM Institute for Business Value(IBMの調査研究機関)などが実施した調査では、2,300を超える組織のうち26%がCAIOを設置し、2023年の11%から増加。CAIOを置く組織はAI投資のROIが10%高く、CAIOの57%がCEOまたは取締役会に直接レポートしていると報告されています。
金融:UBSは既存の技術統括の中に、AI専任機能を新設した
金融は規制とリスク管理が最も重い業種のひとつです。だからこそ、役割設計の差が表れます。
スイスの大手金融機関UBSは2025年10月、初のCAIOとしてDaniele Magazzeni氏を任命しました(2026年1月1日就任)。
同氏はグループ最高オペレーション・テクノロジー責任者にレポートし、AI活用を統括する「AIオフィス」を率います。
注目すべきは、既存の技術・運用の責任体制を弱めたわけではない点です。
Operations & Technologyの体制を残したうえで、AI戦略と全社展開、標準化、技術基盤の整備を専門に担う機能を新設した。
道路の維持管理者と、その道路を走る車両の設計者を分けた、と言い換えてもよいかもしれません。
製造・IT:兼務モデルが招く「PoCの踊り場」
製造業では、生産技術・品質保証・調達と、AIの適用先が部門をまたぎます。IT・ソフトウェア企業では、開発プロセスそのものを組み替える判断が必要になります。いずれも既存部門の利害を越える調整が前提です。
ところが兼務の場合、既存部門のKPIや優先順位の影響を受けやすく、部門横断の変革に必要な権限が不足しがちです。
結果として、部門内で完結する小さな検証だけが積み上がる。いわゆる「PoCの踊り場」です。
CAIO的な役割に本当に必要なのは、モデルの専門知識よりも、経営戦略と技術を翻訳する力、部門間の壁を越える交渉力ではないでしょうか。
技術職ではなく経営の役割として設計する意味は、ここにあります。
まず問うべきは「誰が悪いか」ではなく「誰に何を求めているか」
役割の区別は、いきなり役員ポストを新設することだけを意味しません。
現実的には、次の順序が有効です。
第一に、AIに関する意思決定を「安定側」と「探索側」に棚卸しする。
第二に、探索側の責任者・決裁権限・レポートライン・評価指標を明文化する。
第三に、CIO側との協調ルールを定める。第四に、どうしても兼務になる場合は、時間配分と目標そのものを分けて設定する。
AI変革が進まないとき、多くの組織はまず「人」を疑います。
しかし先に見直すべきは、その人に何と何を同時に求めてしまっているか、ではないでしょうか。
役割設計が手つかずであるということは、裏を返せば、そこに大きな伸びしろが残っているということでもあります。
AIxができること
AIxは、AIを前提に企業の仕事・人材・組織のあり方を再設計し、実行まで支援する会社です。独自のREWIREフレームワークを用いて、AI導入をツール導入で終わらせず、業務プロセスや組織、人材まで含めて整理します。
とりわけご相談が増えているのが、AI推進を担うポジションの設計です。
CAIOやFDE(Forward Deployed Engineer:現場に入り込んで実装まで担う技術人材)、社内のAI推進責任者について、ミッションと権限範囲、KPI、レポートラインを定義し、既存のCIO・情報システム機能との線引きまで整理。そのうえで、人材の獲得・配置・チーム組成までご一緒します。
「AI推進責任者を置いたのに動かない」「誰にどこまで任せるべきか決まっていない」とお感じの方は、ぜひAIxへご相談ください。
参考情報
一般社団法人 CDO Club Japan(PR TIMES)「日本国内 CAIO設置率4%、AI推進の41%をCDOが兼務〜CDO兼CAIO”という日本型モデルが明確に〜」
IBM Institute for Business Value「Solving the AI ROI puzzle」
https://www.ibm.com/thought-leadership/institute-business-value/report/chief-ai-officerCIO Dive「UBS revamps leadership with tech, AI in mind」
https://www.ciodive.com/news/ubs-revamps-leadership-tech-ai/803795
