
速くなるほど、売り物が減っていく——人月モデルが抱え始めた矛盾
「生産性が100倍になりました」。
その報告を聞いた発注側の担当者が、次に何を考えるか。想像は難しくありません。「では、見積もりも下がりますよね」。
AIによって開発が速くなるほど、工数を売り物にしてきた事業は、自らの売り上げを削っていく。SIerやシステム開発会社の経営層の多くが、この違和感を抱えているのではないでしょうか。
効率化は進めたい。ただ、進めた分だけ値下げを求められるなら、投資の意味はどこにあるのか。
ただ、この問いの立て方には少しずれがあります。
減っているのは「作業量」であって、提供している価値そのものが減ったわけではありません。
それが値下げの話に直結してしまうのは、工数以外に価格を説明する言葉を、業界全体がまだ持っていないからではないでしょうか。
論点は「安くすべきか」ではなく「何に対価を払うのか」
いま起きているのは、値下げの是非ではありません。
「何に対価を払うのか」という取引の前提が動き始めている、という構造の変化です。
人月モデルが長く機能してきたのは、工数が価値の代理指標として使えたからです。
多く手を動かした人が、多くの価値を生んでいた。
その相関が崩れ始めたとき、問われるのは「人月をやめるかどうか」の二択ではなく、どの工程は工数で、どの工程は成果で対価を受け取るのかという、値付けの根拠の再設計です。
そしてこれは、契約書を書き換えれば済む話ではありません。売上計画も人材要件も評価制度も、要員数と稼働率を前提に組まれているからです。
大手SIerが公表し始めた「工程そのものの再設計」
富士通は、AI技術と大規模言語モデルを核とした「AI-Driven Software Development Platform」を発表しました。
既存システムの構造理解から要件定義、設計、実装、結合テストまでを、AIエージェントが自律的に連携して担う開発基盤です。
同社は自社サイトで、社内実践で生産性が100倍になったと述べています。これは特定の社内実践での値であり、開発全体の一律の伸び率ではない点には注意が必要です。
NTTデータは、累計500件以上の開発プロジェクトに生成AIを適用し、2027年度に開発工程全体で70%の生産性向上を目標に掲げています。
注目したいのは、同社が「日本企業のシステム予算の約7割が既存システムの維持に充てられている」と指摘している点です。
新しく作る工程が速くなるほど、予算の大半を占める保守・維持の領域にも同じ問いが向かいます。
体制側も動いています。
調査会社のガートナー(IT分野の市場調査・助言を行う米国企業)は、少人数の開発チームを本格導入する組織が2026年時点の15%から2029年には60%へ増えると予測します。現在4〜5人が一般的なチーム規模が、2〜3人でも機能する例が増えるという見立てです。
ここで見落とせないのは、同社がこれを「人件費削減」ではなく、人とAIそれぞれの強みを生かす体制への再構築と位置づけ、開発者需要はむしろ増えるとしている点です。
価値の重心が移る—人材要件と育成の断層
「作る工数」が縮むほど、人に残る価値は要件定義、判断、品質保証、そして責任の領域へ寄っていきます。
既存システムの読み解きや、AIの出力を業務要件に照らして検証する仕事も、この重心の側にあります。
すると、1人が要件定義から設計、レビュー、AIへの指示出しまでを横断する働き方が前提になります。
しかし多くの企業で、職種定義と等級制度はこの変化に追いついていません。
稼働率や工数消化を評価指標にしたままでは、効率化を進めた人ほど評価されにくいという逆転も起こり得ます。
育成にも断層が生まれます。
初級人材が経験を積む場であった実装やテストが減れば、上流を担える人材が自然には育たなくなる可能性があります。
ガートナーが初級人材の削減に警鐘を鳴らしているのも、この断層を見据えてのことでしょう。
これはSIer側だけの話ではありません。
製造業や金融機関のDX・AI推進責任者にとっても、「この見積もりは妥当か」を工数以外の軸で判断する力が問われ始めます。
基幹システムの刷新や勘定系の保守など、長期・大規模な委託を抱える企業ほど影響は大きいはずです。
「何に払っているのか」を説明できる発注側と、「何を売っているのか」を説明できる受注側。
両方が揃って初めて、新しい取引の形が成立します。
一気に変えるのではなく、線を引き直すことから
現実的な進め方は、一気の転換ではありません。
まずは主要案件を工程別に分解し、AIで工数が縮む工程と、判断と責任が残る工程を仕分けることです。
富士通やNTTデータが公表しているのも、個別作業の自動化ではなく工程単位での再設計である点は示唆的です。
そのうえで、工数で請求する範囲と成果や機能単位で請求する範囲に線を引き、1案件から試してみる。当面は両者が併存する前提で進めるのが妥当でしょう。
同時に、その契約を回せる人材要件を定義し、社内の誰が該当するのかを棚卸しする。
評価軸も、稼働率だけでなく案件粗利や顧客側の成果、資産化といった複数の観点へ広げる。そして、初級人材が経験を積む場を、実装以外の形で意図的に設計する。
「同じ工数でできる量が数倍になったとき、自社は何を売っているのか」。
この問いに自社の言葉で答えられるかどうかが、これからの数年を分けていくように思います。
AIxができること
AIxは、AIを前提に企業の仕事・人材・組織のあり方を再設計し、実行まで支援する会社です。独自のREWIREフレームワークを用いて、AI導入をツール導入で終わらせず、業務プロセスや組織、人材まで含めて整理します。
収益モデルの再設計については、主要案件の工程分解から、工数と成果の請求範囲の線引き、売上計画と評価指標の組み替えまでを伴走します。あわせて、上流人材の職種定義と等級設計を言語化し、社内人材の棚卸しと外部からの獲得、少人数チームの組成までを人材マッチングで支援します。
値付けのモデルと、それを回す人材・チームの設計を一体で見直したい方は、ぜひAIxへご相談ください。
参考情報
Fujitsu(富士通 公式サイト / Fujitsu United States, Insight)「Rewriting the rules of software development — Fujitsu's AI is putting rocket fuel into software development —」
https://global.fujitsu/en-us/insight/tl-leadership-ai-20260217
日経ビジネス電子版 SPECIAL(NTT DATAタイアップ記事)「NTT DATAが推進するAI活用によるソフトウェア開発変革」
ITmedia エンタープライズ(Gartnerの2026年7月7日発表を報道)「開発者はAIで減るどころか増える? Gartnerが予測する少人数チーム時代:AIニュースピックアップ」
https://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/2607/10/news039.html
