
成果が上がっても、人が育つとは限らない
前回までの記事では、AIによる若手の経験機会の減少が「人材の空洞化」につながるリスクと、AI時代に企業が中核人材として定義すべき人材像について考えてきました。
AIが情報を集め、文章を書き、コードを生成し、複数の選択肢まで提示する時代。
人間に求められるのは、AIより速く作業することではありません。
AIの出力を評価し、状況を踏まえて判断し、その判断に責任を持つこと。
つまり、これから企業の中核を担う人材には、「判断力」がこれまで以上に重要になります。
一方で、生成AIを導入すると社員が出せる成果の水準は大きく上がります。
Harvard Business SchoolとBoston Consulting Group(BCG)が758人のコンサルタントを対象に行った実験では、AIが得意とする領域で、生成AIを使った参加者は作業速度が25%以上向上し、成果物の評価も40%以上高まりました。
これは企業にとって大きなメリットです。
しかし、「成果を出せるようになったこと」と、「本人が成長したこと」は同じでしょうか。
AIを使って質の高い資料を作れたとしても、本人に同じ水準の分析力が身についたとは限りません。
AI時代には、仕事のOutput(成果)と、人間に蓄積されるCapability(能力)を分けて考える必要があります。
判断力は「経験」から育つ
判断力は、研修で知識を与えるだけでは身につきません。
仮説を立てる。選択する。失敗する。フィードバックを受ける。そして振り返る。
こうした経験を積み重ねることで、その仕事特有の「勘所」が身についていきます。
これまでは、資料を作る、顧客と向き合う、コードを書いて失敗するといった日々の仕事そのものが、自然と人材育成の役割を果たしていました。
しかしAIは、その途中のプロセスを飛び越えて成果物を出せます。
AIが仕事を代替するということは、単に作業が減るということではありません。
その仕事の中に埋め込まれていた「人を育てる経験」まで失われる可能性があります。
だから問題は、「AIを使わせるか、禁止するか」ではありません。
将来必要な判断力を育てるために、どの経験を人間に残すのか。
ここまで含めて仕事を設計する必要があります。
残すべきは「昔の仕事」ではなく「育つ経験」
IT・ソフトウェアの現場では、生成AIを使えば若手でも短時間でコードを生成し、エラーの修正案まで得られます。
一方、2026年の「How AI Impacts Skill Formation」では、新しいプログラミングライブラリを学ぶ開発者において、AIへの過度な委譲が概念理解やコード読解、デバッグ能力の形成を弱める可能性が示されました。
ただし、AIに説明を求めたり、自分の理解を確認したりするなど、思考に関与し続ける使い方では学習成果が維持される傾向も確認されています。
つまり、分かれ目はAIを使うかどうかではありません。
人間が思考のプロセスから降りてしまうかどうかです。
製造業でも同じです。
SiemensのIndustrial Copilotは、工場設備を動かすための制御コードを自然言語から高速に生成できるとしています。
実際にthyssenkruppなどの製造現場でも導入が進み、これまでエンジニアが担っていた反復的な設計・設定作業の一部をAIが担い始めています。
ここで若手にも従来通りすべて手作業をさせる必要はありません。
重要なのは、その作業を通じて何が育っていたのかを見極めることです。
AIがコードを書くのであれば、人間には「要件を満たしているか」「異常時に何が起きるか」「安全上の問題はないか」といった、評価・検証・判断の能力がより重要になります。
残すべきなのは、昔の仕事そのものではなく、その仕事を通じて形成されていたCapability(能力)です。
育成を3段階で設計する
では、企業は何をすべきでしょうか。
まず、将来、人間に残したいCapabilityを決めます。
課題設定、顧客理解、専門性に基づく評価、リスク判断、例外対応など、第2回で定義した「中核人材」に必要な力を具体化します。
次に、そのCapabilityがどの経験によって育つのかを特定します。
仮説構築力を育てたいなら、AIに聞く前に本人に仮説を持たせる。判断力を育てたいなら、AIに結論を出させる前に本人に選択させる。AIを評価する力を育てたいなら、出力の誤りやリスクを検証させる。
つまり、
① 人間に残すCapabilityを決める
② それを形成する経験を特定する
③ その経験を失わない範囲でAIへ委譲する
という順番です。
さらに、新人はAIをレビュー役として使う、中堅はAIの成果物を評価・修正する、熟練者は定型業務を広くAIに委譲するなど、熟練度によってAIとの役割分担を変えることも重要です。
結論|人材育成は「何を経験させるか」へ
AI時代の人材育成というと、生成AI研修やプロンプト教育が注目されます。
しかし、それだけでは足りません。
第2回で考えたように、AI時代の中核人材に「判断する力」が必要なのであれば、企業が次に考えるべきなのは、その判断力をどの経験によって育てるかです。
AIによって若手の仕事がすべてなくならなくても、「人材の空洞化」は起こり得ます。
仕事は残っているのに、その中から“人を育てる経験”だけが抜け落ちる。
だからこそ、問うべきなのは「AIをどこまで使わせるか」だけではありません。
将来、この会社にどんなCapabilityを残したいのか。そのために、人間にどんな経験をさせるのか。
AIが仕事を変えるなら、人が育つプロセスも意図的に設計し直す必要があります。
そして次に問われるのは、そのCapabilityを持つ人材を、企業はどう見極め、採用し、評価するのかです。
次回は、AI時代の採用・評価設計について考えます。
AIxができること
AIxは、AIを前提に企業の仕事・人材・組織のあり方を再設計し、実行まで支援する会社です。
独自のREWIREフレームワークを用いて、AI導入を単なるツール導入で終わらせず、業務プロセスや組織、人材まで含めて「AI時代にどう変えるべきか」を整理します。
人材領域では、企業やプロジェクトに必要なAI人材を定義し、適切な人材のマッチングやチーム組成まで支援しています。
「AI導入によって生産性は上がったが、人材育成をどう再設計すべきか分からない」「AIに何を任せ、どの判断や経験を人間に残すべきか整理したい」という方は、ぜひAIxへご相談ください。

参考情報
Harvard Business School: Navigating the Jagged Technological Frontier: Field Experimental Evidence of the Effects of AI on Knowledge Worker Productivity and Quality —
https://aiinstitute.hbs.edu/navigating-the-jagged-technological-frontier/arXiv: How AI Impacts Skill Formation —
https://arxiv.org/abs/2601.20245Siemens: Siemens Industrial Copilot expanded, adopted by thyssenkrupp —
https://press.siemens.com/global/en/pressrelease/siemens-industrial-copilot-expanded-adopted-thyssenkrupp
